ちょっとだけ振り返って

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ちょっとだけ、振り返って

寄稿先:花火万華鏡

私が花火に関心を持ち始めた頃、多分中学から高校にかけてだと思いますが、「花火の技術、量ともに長野県が愛知県を追い越し、そこには大差がある。」という記事を時々目にしました。当時の私は、芸術協会の花火を見るにつけ、そうなんだろうな、と納得していたのですが、内心はやはり口惜しく思ったのも事実です。

大学を卒業する頃には(十数年前)、自分で研究したい花火がたくさんありました。光輝星、さざ波、錦、点滅星等です。当時、点滅星は除いたとしても、これらはどの花火大会でも結構見かけるポピュラーな物でした。それにもかかわらず、私のところではこれらの花火を製造していませんでした。
花火の仕事について最初の秋、毎日毎日配合比率を変え、光輝星、さざ波を刻んでは試験打ちを繰り返していました。これらの実験の指針となったのが、清水武夫先生の「花火」と「花火の話」でした。「花火の話」は特に気に入って、好きな所を高校時代から何度も何度も繰り返し読みました。これらの本が、私を引きつけたのは、職人の技と科学とを結びつける物で、現実の花火をうまく科学的に裏付けしていたからです。

配合比率で参考になったのは、三成分系の三角座標でした。不思議とその方が楽だからと言う理由で、同業者に聞こうとかヒントをもらおうという考えは浮かびませんでした。もちろん始めたばかりで、聞ける人は周りにはいなかったのも事実ですが、三角座標のどこかに最高の配合比率が隠れているのを信じていたからです。
配合研究を始めて間もなく、従来品と比較してみました。その時、従来品が花火としていかに完成された物であるかを、思い知らされ愕然とした事もありました。
当時の私は、父の目をかなり意識していました。「過塩素酸カリを使うからといって、従来品より悪くなるのはだめだ。」と父が考えていると、私は勝手に思いこんでいたのです。その時、父がどう考えていたのかは、今となっては確かめることはできませんが・・・。
ところがマグナリウムを使うことで、品質向上と脱塩素酸カリウムの両立が可能なことがわかってきました。色の打揚げ試験をすると、おおむね半分の物はいい傾向の色がでます。次は前の試験でいい傾向のでた比率の中に、他の薬品を入れ試験します。これを繰り返し、配合比率を絞り込みました。1色につき、おおむね50回以上打揚げ試験をしました。
もちろんこんな試験は、回数が少ない方がいいに決まっています。しかし、「花火として良い色」に定義がある訳ではないのですから、数値的に簡単にはじき出せないと思います。結局自分の目である程度納得するまで、時間と労力が必要でした。
同業者が「地面で燃やしてみれば、だいたい星にして開花した花火が想像できる」という話を時々聞きますが、私には想像できません。。
こんな年を2度繰り返し、ある程度、光輝星とさざ波の比率が決まりました。これらは現在使っている配合比率とおおむね同じです。試験花火を作り続けるのは、単調な作業で嫌気もさしますが、うまくいった時の感動は何物にも代えがたい物があります。
次に問題となったのは、観衆にどのように花火を見せるかです。当時、私は大曲全国花火競技大会に出品を始めこの事を痛感していたのです。いくらすばらしい色でも、割物花火をたくさん見せられたら、観衆はすぐその色に慣れ、飽きてしまいます。色も重要ですが、やはり花火のパーツでしかありません。観衆は花火の色を見に来ている訳ではないのです。
当時(現在でもそうですが)、私の創作意欲を刺激する花火を、この大会でたくさん見せていただきました。大曲の競技会に出品する機会を与えて下さった事と、刺激を与えて下さった出品者の方々に、深く感謝しております。少しだけかもしれませんが、大曲を通し私は、成長したと思います。そして毎日、新しい形の花火はないか、思案を重ねています。玉名提出の時期が来ると、私だけではないと思いますが、憂鬱になります。
昨年父を亡くし、年間のスケジュールに追われ、現在ではなかなか花火の試験ができない状況です。花火作りも以前ほど楽しくないのも事実です。自分も年をとり若い頃の情熱が薄れつつあるのかもしれません。
大曲新作花火コレクションのプログラムを読むと、花火業者全員が、自分の花火にプライドと、愛着を持っているのが、ひしひしと伝わってきます。私も、年老いても花火にかける情熱を、持ち続けたいと思っています。